磁場のバリアを掻い潜り、地球磁気圏への侵入に成功した太陽風には、もう一つの壁が立ちはだかります。それが地球の大気です。太陽風は大気を構成する原子や分子と衝突し、オーロラを発光させます。しかし、この大気圏への侵入作戦には、最後のドラマが隠されているのです。
励起による発光
励起とは?
太陽風として地球に届く粒子のエネルギーは、陽イオンと電子で構成される高温のプラズマです。このプラズマ粒子が大気中の酸素原子や窒素分子と衝突すると、衝突された原子が「励起(れいき)」し、電磁波による発光現象が起こります。大気に衝突したプラズマ自体が発光するわけではなく、衝突された側の大気中の原子が発光する。この現象がオーロラの正体なのです。それでは、この「励起」とはいったいどういった現象なのでしょうか。
大気を構成している酸素原子や窒素分子は、中心である「原子核」と、その周りを回る「電子」で構成されています。この電子に太陽風として宇宙から送られてきたプラズマ粒子(主に電子)が衝突すると、衝突された側の電子にはエネルギーが生じ、本来の軌道より外側を回るようになります。これを「励起状態」と言います。励起状態の電子は不安定であるため、元の位置である「基底状態」に自然に戻りますが、この時、2つの軌道にあるエネルギーの差の分だけ光を放出することになります。このエネルギー放出による発光が、オーロラとして現れるのです。
大気の原子、分子のイメージと、励起による発光の流れ
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1. 電子の衝突
太陽風として飛来したプラズマに含まれる電子が、酸素原子や窒素分子を構成する電子と衝突する。
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2. 励起状態
衝突された電子は本来の軌道より外側を周回する。この状態が励起状態。飛来した電子は別の場所へ弾かれる。
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3. 基底状態に戻る
励起状態の電子は、自然に本来の軌道へ戻る。この時にエネルギーが放出され、発光する。
発光色が変化するメカニズム
オーロラの色が「赤」「緑」「紫」などに変化するのは、大気の高度が関係しているとよく説明されますが、この話の前に大前提となる発光色の変化の仕組みについて考えてみましょう。
色とは、光の「波長」の長さの違いであり、波長が短い光ほどエネルギーは強く(紫に近く)、長い光ほどエネルギーは弱い(赤に近い)という特性があります。オーロラの光は大気の原子や分子にある電子の軌道が外側に外れ、励起状態になった状態から元の状態に戻る時に発生します。そして、この時に生じる色(波長)は、励起状態と元の状態とのエネルギーの差の大きさにより決まります。このエネルギーの差が大きければ「ピンクや紫色」、小さければ「赤色」、その中間で「緑色」を発光させることになります。
原子や分子の電子がとることができる軌道は、量子力学によって決まったいくつかの状態しか持つことができません。言い換えれば、励起により生じる色(波長)は、ある特定の色(波長)だけに限られているということになります。そのため、オーロラの色は虹のように段階的な色彩を放つことはなく、ある程度決まった色(輝線)でしか光ることはないのです。
高度と色の関係
プラズマの侵入を防ぐ大気の壁
オーロラは地球大気圏の高度約80kmから約500kmの電離層と呼ばれる範囲で発生します。大気圏では高度が低くなるほど、大気に含まれる原子や分子の密度は濃くなっていきます。そして、これは宇宙から降り注ぐプラズマ粒子に対する地球の防御壁が強くなっていくと言うこともできます。
地球大気圏へ侵入しようとするプラズマのエネルギーが高ければ高いほど(速いほど)より大気圏の低い高度まで侵入することが可能であり、より明るいオーロラを光らせることができるのです。逆に高度が高すぎる場所は、大気の密度が非常に薄くなるため、プラズマと大気原子の衝突が起こりません。高度500km以上ではオーロラが生まれないのはこのためです。
オーロラの色の違いは様々な要因が複雑に絡み合って決まります。しかし、オーロラが発光する高度と色の違いには大きな相関関係があります。 地球に到来した太陽風の速度やエネルギーの強さにより、どの大気の原子や分子と衝突するかが変わってくるのです。
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国際宇宙ステーション(ISS)の軌道は高度400km。オーロラはさらに高い場所でも発生する。
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高度 約200km ~ 500km / 赤色
降り注ぐプラズマのエネルギーが弱い場合、高度約200kmから500kmの範囲で酸素原子に衝突して赤色の光を発します。酸素原子が赤色に光るための励起状態は、太陽風のエネルギーが小さい場合でも生まれやすいのですが、光を発するまでの時間(励起状態から基底状態までに戻る時間)が非常に長いため、このエリアのように大気密度の低い高緯度でないとなかなか発光しません。(詳しくは下段のコラム参照。)
高度 約100km ~ 200km / 緑色
この高度では酸素原子の密度が高くなるため、より強い太陽風のエネルギーでないと侵入することができません。赤色の発光と同じように酸素原子が励起して発光しますが、衝突するプラズマのエネルギーが強いため、衝突された電子は赤色の発光軌道よりも遠くの軌道となり、より強く励起することで緑色の光を発生させます。同じ酸素原子にも関わらず、高度により発光色が赤色と緑色で異なるのはこのためです。
高度 約80km ~ 100km / ピンク・紫色
この高度まで下がると酸素原子の密度は減り、酸素原子よりも重い窒素分子が占めるようになります。ここまでプラズマ粒子が到達するには、かなり強い太陽風のエネルギーが必要となります。そのため、プラズマが衝突する窒素分子や窒素分子イオンを励起させるエネルギーも強く、衝突による電子の軌道差がより大きく生じることで、ピンク色や紫色の光を発します。
オーロラ完全ガイド制作スタッフ 小泉優 |
励起状態から発光までの時間
プラズマの衝突により電子が飛ばされ、励起状態になってから基底状態に戻るまでの時間(衝突から光が発生するまでの時間)は、飛ばされた先の軌道との距離の差により変化します。軌道差の大きい青や紫色の光は、非常に短い時間で基底状態に戻ります。しかし、軌道差の最も小さい赤い光は長い時間が必要となるのです。
原子の励起状態は不安定であるため、他の原子と衝突するとエネルギーを失い、光ることができなくなります。高度100kmから200kmの間では大気の密度が濃くなるため、発光するまで長い時間が必要な赤い光は、光を出す前に他の大気分子と衝突してエネルギーを失ってしまうのです。
また、実際にはオーロラは地上付近では光りません。これは宇宙空間から降り込んで励起状態をつくるプラズマは、高さ80kmよりも上で大気と衝突してしまい、それよりも低い高さには入ってこられないためです。
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オーロラオーバル
オーロラの出現により現れる神秘の輪
オーロラオーバルとはオーロラが発生しているエリアを意味しており、宇宙から地球を見たときに極地にドーナツ状の輪のような形で現れます。その形は「オーバル(Oval)=卵形」と呼ばれるように楕円形をしており、昼側の幅が薄く、夜側の幅が厚みのある形状となります。オーロラオーバルは地球の北と南の極地に出現しますが、その形状はその時の地球の磁場の強さ、太陽風の向きや強さにより大きく変化するため、常に同じように現れることはありません。
良く混同されますが、「オーロラオーバル」と「オーロラベルト(帯)」は異なります。オーロラオーバルとは、あくまでも”今現在”オーロラが出現している場所を指すものです。一方、オーロラベルトとは、オーロラが頻繁に出現する極地地方のエリアを意味しており、緯度で言うと約60度から70度の範囲を指します。
南極側に現れたオーロラオーバル
オーロラオーバルの大きさと動き
オーロラオーバルを真上から見ると、昼側が薄く、夜側に大きく広がっていますが、これはオーロラの素となるプラズマ粒子が、主に地球の夜側に広がるプラズマシートから送られてくるためです。 地球は自転しているため、オーロラオーバルが覆う地上の範囲も時間帯によって変化していくことになります。
オーロラオーバルの大きさは発生しているオーロラのレベルによる変化するため、いつも同じような形で現れるわけではありません。オーロラの活動が弱いときはオーバルの幅が数100km程度と狭まり、オーロラが見られる場所も限られてきます。一方、オーロラの活動が活発のときはオーバルの幅が1000km以上にもなり、緯度60度から70度の範囲を超えて、普段オーロラが見られない地域でも発生することがあります。ニュージーランドや北海道でたまに見られる低緯度オーロラはこのためです。
オーロラベルトの中心は年により変化していく
オーロラの素であるプラズマ粒子は、磁力線の流れに沿って地球に侵入してきます。そのため、北半球に現れるオーロラオーバルの理論上の中心は、地図上の真北(北極点)ではなく、地球磁場の北(地磁気極)となります。しかし、実際に現れるオーロラオーバルは、その時の磁場の強さや太陽風の向き、強さなどにより楕円形にゆがむため、円の中心が地磁気極ということは、ほとんどありません。地磁気極はオーロラオーバルの中心ではなく、あくまでもオーロラが良く出現するエリアである「オーロラベルト」の中心であると考えるほうが正しいと言えます。
現在の地磁気極は、カナダ北部、クイーンエリザベス諸島付近に位置しているため、真北とは大きなズレが生じています。また、地磁気極は常に不規則な速さで移動しているため、それに伴いオーロラベルトの範囲も毎年少しずつ変化していることになります。
北半球におけるオーロラベルト(帯)の範囲
次は、地球に出現するオーロラの形や規模について解説します。
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